三本目の裏通り

見たもの、考えたことの覚え書き

みぞれと希美の変化を追いかけてー映画『リズと青い鳥』について・解釈編ー

映画『リズと青い鳥』を観て、登場人物やその関係性にも、また演出の素晴らしさにもすっかり惚れ込んでしまった。登場人物が魅力的であり、また解釈の幅が広いこともあり、インターネット上には感想や解釈を記した記事が数多くある。何回観ても分からない、もっと知りたい作品であるが、ひとまず備忘録として、感じたことや考えたことを書き留めておく。

※この記事は、以下の記事とセットで記したものです。物語の解釈についてはこの記事で、演出については以下の記事で記しています。どちらから読んでも、またはどちらかだけ読んでもかまいません。

映画「リズと青い鳥」への個人的な感想と解釈 - 三本目の裏通り

 

 

目次

 

1.みぞれと希美の成長物語として

この作品は、みぞれと希美の成長物語である。

みぞれは、劇中で描かれた時期に、音楽の表現の仕方においても、人間関係においても、大げさにいえば避けられない変化を受容し、自分が進む道を自ら選択し、人生を主体的に切り開いていくという意味でも、一歩前に踏み出す方法を知ったように思う。彼女がこの先、過去を振り返ることがあるとすれば、この時期は非常に大きな転換点として位置づけられるのだろう。

みぞれは、作中時間でいう初日に、「本番なんて一生来なければいい」と語る。コンクールが好きか嫌いかというより、希美と近くにいられるこの時間が終わってほしくないという思いが強いように思う。希美が「早く本番でこの曲を吹きたい」と語るのとは対照的だ。
外向的で友達の多い(別れと出会いによって人間関係を更新しつつ、さらに充実させる成功体験を持っている)希美と、内向的で友達が少ない(別れはそのまま決別と孤独を意味すると経験的に感じている)みぞれとは、時間の流れやそれによる変化への恐れ方が全く違うのだろう。
転換点を経て、最後の下校シーンで、希美が受験勉強に踏み出し、みぞれは一人で練習に励む。そして、「みぞれのソロを完璧に支えるから、今は少し待ってて」と言う希美にみぞれが頷く。さらに、希美と同時に「本番、頑張ろう」と口にする。これは、みぞれが時間の流れを、それによる変化を受け入れたシーンでもあるのだろう。

希美にとっても、ここは一つの壁を越えていったところだ。前半に同じパートの後輩から、演奏が上手いと褒められて満更でもない顔をしていた(それだけ自信家であり、周囲からの評価によって自尊心を支えていることが示される)希美が、みぞれの演奏に圧倒されて「私は普通の人だから」と言わざるを得なくなるに至るまでには、相当な葛藤があったはずだ。
それでも、希美はみぞれの楽譜に「はばたけ!」と書く。ラストシーンでは、みぞれと一緒に、お茶をして帰っていく。自分には手が届かない遠くに羽ばたいていくであろうみぞれを、同じようにはいかない希美自身を、受け入れようとしているのだろう。もっとも、この後にはもうひと山ふた山あるかもしれないけれども。


2.二人の「好き」とその変化

二人のお互いへの気持ちは、この作品の大きな要素の一つだ。
みぞれが希美に依存し、希美との別れを恐れているということはわかりやすく示されているが、希美はみぞれをどう思っているのだろう。この点は解釈が分かれるだろう。みぞれの希美への気持ちは大好きのハグで語られるが、希美のみぞれへの気持ちはついぞ最後まで語られないからだ。

希美のみぞれへの気持ちはついぞ最後まで語られない。退部事件への「昔のことじゃん」、中学での出会いへの「ごめん、それあんまり覚えてないんだ」というのは出てくるが、それは気持ちではなく出来事の評価だ。みぞれが音大を勧められたと知り、「私この大学受けようかな」と言うシーンでも、希美の表情は髪で隠されている。みぞれがハッとする描写があるのとは対照的だ。大好きのハグでも、みぞれは希美への気持ちをこれでもかというくらい伝えるのに対して、希美は「みぞれは努力家だよ」と「みぞれのオーボエが好き」としか言わない。どちらも気持ちではなく評価だ。

したがって、希美のみぞれへの思いがどのようなものかは、率直に言って分からない。希美にとってみぞれは複数の友人の一人に過ぎないという可能性もある。
ただ、希美が誘わなければ楽器を始めなかったというみぞれが音楽の才能の片鱗を見せ始めたことへの嫉妬や、みぞれが希美や希美がよく知る人物(例:優子)以外の人物(例:梨々花)との人間関係を構築していることに引っ掛かりを覚えていることも描かれている。このように、希美は、みぞれが人間関係においても進路においても自分の手の届く範囲にいることを確認したがっていたり、そこから外れる可能性が示されることに敏感であったりした。「みぞれこそが青い鳥で、私が鳥籠に閉じ込めておくべきではない」と気付くことの意味は、みぞれがその才能を生かすために(プロの演奏者を目指して)音大に進むかどうかという音楽の問題だけではなく、人間関係や生き方そのものを含んでいるのではないか。

みぞれが希美に向ける「好き」という感情*1は、希美への依存と執着、別れへの恐怖が多くを占めているように思われる。希美は外向的な性格で、独占することは難しいということは、みぞれも理解している(パートの後輩とお茶して帰ると知ると残念がるが)。*2

一方、希美がみぞれに向ける「好き」という感情は、みぞれへの独占欲が多くを占めているのではないか。みぞれは内向的で、希美が勧めなければ楽器の演奏を始めてもいなかったし、希美が近づかなければ誰とも仲良くならなかったと思われる。だから、その気になれば独占できてしまった(少なくとも、梨々花と新山先生がみぞれに接触する、劇中の序盤までは)。

希美は劇中で、みぞれへの独占欲を自覚し、それを抑制しなければならない(童話の言葉でいえば、鳥籠を開けなければならない)と考えるようになる。また、みぞれは、梨々花との交流を経て、希美以外にも関心を持ち、希美への依存の度合いを下げていく。また、時間の流れとそれによる変化を受け入れていく。
このように、二人がお互いにに向けていた「好き」という感情の中身は、劇中で大きく変化していった。100%変わったというわけではなく、濃い色が多少薄くなったということではあるけれども、二人にとっては大きな変化ではないかと思う。

 

3.最後に:ハッピーアイスクリーム

最後の下校シーンの中で、みぞれは、希美と同時に「本番、頑張ろう」と言った後に「ハッピーアイスクリーム」と叫ぶ。私は、この部分がとても好きだ。
作品の前半では、みぞれは希美の問いかけに答えることはあっても、自ら話しかけることはなかった。*3会話の主導権を握っていたのはいつも希美で、しかも、みぞれの言葉には単調なものが目立った。他の登場人物に対しても、意外な人物が登場したときに名前を呼ぶ程度で、やはり積極的に話しかけるシーンはなかった。
しかし、自ら持ちかけた大好きのハグを経て、みぞれは希美に単調でない言葉を投げ返すようになった。そしてこのシーンで、希美と同時に発言し、随分思い切って、希美より先に「ハッピーアイスクリーム」と叫んだ。

みぞれがこの言葉を知ったと思われるシーンとして、川島緑輝加藤葉月の会話シーンが描かれている。緑輝は葉月に、会話の中で同じ言葉を言ったとき、相手よりも先に「ハッピーアイスクリーム」と言った方が勝ちというゲームで、勝った人は負けた人からアイスクリームをおごってもらえる、と説明する。この時点ではまだ、みぞれは自分を青い鳥に重ね合わせてもいないし、希美を抱きしめて感情をぶつけてもいない。それでも、みぞれはこの言葉を覚えていた。*4おそらく、いつか希美との会話の中で使うこともあるのではないか、と思っていたのだろう。

この言葉は、相手よりも先に発しないと意味を持たない。それがゲームのルールだ。内向的で不器用なみぞれにとって、「それがゲームのルールだから」という大義名分は、大きな意味を持つ。大好きのハグも同様だ。「それがゲームのルールだから、そうするのだ」と自分を納得させて、みぞれはそれまで踏み出せなかった一歩を踏み出した。

ずっと希美の後ろを歩き、希美の言葉に反応するばかりだったみぞれが、希美と同時に「本番頑張ろう」と言い、そして希美を追い越すように思い切って先に叫ぶ。みぞれは、一歩踏み出すことを覚えたのだ。

「何でもないこと」なのかもしれないけれど、最後の最後にみぞれの変化を感じることができて、私はとても嬉しくなった。
そう、物語は、ハッピーエンドがいいよ。(*5

 

 

*1:恋愛感情ではないと思われるので念のため。以下同じ。

*2:大好きのハグでも、希美の好きなところとして、希美はいつもみんなの輪の中にいて、というようなことが語られる(これはみぞれの希美への「評価」だろう)。相手を独占できないということの折り合いについては、希美よりむしろみぞれの方がしっかりしているように見える。早い時期にその問題への対応を迫られたからだろう

*3:劇中でいう初日の練習終了後、絵本を希美に返すシーンでさえ、二人がほぼ同時に「あっ」と声を上げている。みぞれが先に話しかけても全くおかしくないにも関わらず

*4:そもそもみぞれが他の部員の何気ない会話を聞いていたということ自体が、みぞれが梨々花との交流を通じて希美以外にも少しずつ関心を持ち始めたことを示しているようにも思われる

*5:希美は「ハッピーアイスクリーム」という言葉を知らないようで、「みぞれ、アイスが食べたいの?」と応じる。緑輝と葉月の会話は音楽室で行われており、希美も(物理的には)聞こえていたはずだが、認識はしていなかったのだろう。(事実はどうあれ希美の認識として)希美が知らない言葉をみぞれが知っているということは、希美が知らないところで他の誰かからみぞれがそれを聞いたということになる。希美は劇中中盤にはみぞれが後輩との関係を構築していることに複雑な感情を持っていたようだが、そんな感情を自覚して乗り越えたのかどうか、希美の反応も見てみたかった。でも、きっと自然に受け入れたのではないかと思う。