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あの子の翼、あの子の世界 『響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~』感想

『劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~』を観た。
個人的に見所だと思ったところがいくつかあったので、それぞれポイントと感想を書き残しておきたい。

※以下、ネタバレを含みます。鑑賞後にご覧ください。

 

目次 

 

みぞれが「翼」を見せたとき

今作では、シリーズのスピンオフ作品として昨年公開された映画『リズと青い鳥』の作中で起きた出来事については、基本的に言及されていない。
リズと青い鳥』を思い起こさせるシーンと言えば、あがた祭の夜に麗奈が弱音を吐くシーン(後述)と、奏が夏紀との会話の中で「ハッピーアイスクリーム」と叫ぶシーンくらいだろうか。
その中でも、コンクール本番のシーンでは、オーボエとフルートのソロを担当する鎧塚みぞれと傘木希美の演奏が描かれる。とりわけ、みぞれは迷いを振り切ったような表情で堂々と質感のある演奏をする。
「はばたけ!」と書かれた譜面を前に、「来なくていい」と呟いていた本番で、凛とした表情の希美とともに演奏するみぞれは、あのシーンで自身が持つ「翼」をしっかりと見せていたように思う。よかった。

 

「弱気なリズ」としての麗奈

あがた祭の夜、久美子は塚本と二人で祭りを楽しみ、麗奈は「山」の上でトランペットを吹きながら久美子を待つ。ようやくやってきた久美子とリンゴ飴を食べながら言葉を交わし、将来のことを語りつつ「いつか一緒にいられなくなるかもしれない」と漏らす。
この「一緒にいられなくなるかもしれない」相手が誰なのかは明かされていない。麗奈がそんな弱音を吐く対象は限られており、おそらく久美子か滝のどちらかだろう。滝については、卒業すれば「一緒にいられなくなる」のが目に見えていること、そもそも現状が「一緒にいる」とは言い難いことから、おそらく久美子のことを言っているのではないかと思われる。
リズと青い鳥』では、久美子と麗奈が第三楽章のオーボエとフルートの掛け合い部分を演奏する場面がある。それを聴いた夏紀は「なんか、強気なリズ、って感じ」と、優子は「高坂らしい」と評する。
だが、この場面では、麗奈は「弱気なリズ」そのものである。久美子が近くにいなくなることを恐れる様子は、『リズと青い鳥』の前半で描かれたみぞれのようであり、希美のようである。
久美子と麗奈の関係はみぞれと希美の関係とは随分違うようにも思うが、麗奈もまた、いつか別れをもたらすかもしれない自分たちの将来という問題にぶつかることになるのだろうか。

 

久美子が奏の隣に座ったことの意味

コンクールの結果が発表された後、部員一同はバスに乗って学校へ戻る。久美子は奏の隣に座って*1、二人で会話を交わす。「悔しい?」と聞かれた奏は「悔しくて死にそうです」と返す。
このシーンは、原作中にも登場する久美子と麗奈、そして希美とみぞれの中学時代のやりとりを下敷きにして描かれている。久美子の前で麗奈が泣くシーンについては、本番直前に回想として描かれたほどである。
コンクールの結果を前にした気持ちをそのまま見せるシーンがあるのは、それだけの関係性があることを示す。奏が久美子を認め、心を開いていることが描かれているといえる。
翌年度以降、奏は誰と隣の席に座り、結果を分かち合うのだろうか。今作の前半で描かれた美玲との出来事(後述)を見ると、もしかすると美玲なのではないか、と思う。

 

久石奏の世界とその外の世界

個人的に、この作品を通して最も目を引かれた登場人物は久石奏だった。
作中で、彼女の行動原則は「失敗して傷つきたくない」なのだと示唆される。だが、それだけではない。彼女はずっと、失敗を避けようと思いながらも、自分を認めてほしいという気持ち、自分が認めることができる人とつながっていたいという気持ちに突き動かされるように行動しているように思われる。

奏は、失敗して傷つきたくないから、展開を読んで先回りしようとするし、先輩にはやたらと礼儀正しいし、練習もきっちりやる。他人が関わらない限り、彼女の世界では失敗はきちんと回避される。
そんな奏にとって転機になったのがコンクールの直後に起きた「事件」だったことは、多くの人が同意するところだと思う。
彼女の世界の中では、コンクールのメンバーを先輩に譲ることで、中学時代と同じ失敗を回避できたはずなのだが、それは夏紀と久美子に覆されてしまった。夏紀は「異変」に気付いて躊躇なく音楽室に入り込み、副部長権限とまで言って奏を連れ出すし、久美子は逃げ出した奏を「自分に行かせてほしい」と追いかける。奏が自分の世界と外の世界の間に引いていた一線を、その上に築いていた壁を、雨の中で二人が壊してしまった。

あの雨の日の出来事がなければ、奏はオーディションで本気で演奏することはなく、コンクールの本番で演奏することもなく、コンクールの結果も他人事として処理されただろう。しかし、この出来事があったから、奏はオーディションでも本番でも本気で演奏することができたし、その結果としてラストシーンで「悔しくて死にそう」だと感じることができた。彼女にとってあの出来事の意味は非常に大きいものがある。

 

奏と美玲のこれから

奏は登場からずっと「ただ者ではない」雰囲気を出していた。ミーティングでの美玲の質問の意図を(とげのある質問であり、放っておけばいいのに)解説してみせるし、久美子には「先回りしているような」と言わせているし、美玲が退部したいと言い出すのに備えていたかのように久美子に「美玲とさつきのどちらが好きか」を聞いている。入部からそう時間の経たない新入生が、美玲のことを頼まれていたとはいえ、先輩にそんなことをそうそう聞くだろうか。
そして、マーチングの会場で美玲が逃げ出した時には、「自分よりもさつきの方が演奏が下手なのに先輩に可愛がられるのが嫌だ」という美玲の気持ちがよくわかると話している。

「学年にかかわらず、あるいは周囲との人間関係にかかわらず、高い演奏技術を持つ者ほど高く評価されるのだと言っておきながら、本当はそうではないのではないか。だから自分は評価されないし、居場所もない」

この気持ちこそ、奏が中学時代の失敗からくるトラウマとしてずっと抱えてきたものだったのだろう。そして、それと同じ悩みを持ち、その悩みに伴うだけの演奏技術を持つ美玲だから、奏は本心から「その気持ちが分かる」と言えたのではないか。そして、この出来事が、後に雨の中で久美子に本心を語る伏線になり、このあと美玲との関係性を深める伏線になるのではないかと思う。いや、そうであってほしい。

 

最後に

続編が観たい。おそらく映画またはテレビアニメの形で続編が制作されるのではないかと思う。今作はかなりテンポよく進んでおり、新たな登場人物や新たな関係性、あるいは関係性の変化(久美子と塚本のことですね)を紹介しつつ、次の作品につなげよう、という意図が見えた(と思う)。
「誓いのフィナーレ」というタイトルは、「これで最後」ということを意味しているようにも読み取れるが、「新たな展開へ向けて登場人物がそれぞれ誓いを立てた」とも読み取れる。
また、原作小説もまだ完結しておらず、4月17日(今作の公開2日前)に発売された小説『北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章』*2では、久美子たちが3年生に進級した年が舞台になっている。このタイトルはシリーズ完結編を意味するようにも読み取れるが、そうだとしても、メディアミックスの「種」は少なくともそこまでは存在することになる。是非とも続編を観たい。

 

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*1:このシーンでは、久美子がバスに乗り込む際に麗奈の姿を認めていたのも気になった。久美子が隣に座ったのは、麗奈ではなく奏だった。

*2:前編のみの発売。後編は6月発売予定