三本目の裏通り

見たもの、考えたことの覚え書き

精神的なエネルギー源を何に頼るか、という問題

恋人に構ってもらえなくて寂しいから浮気をした、という話を聞くことがある。

そういう事象が起きる理由がよく理解できなかったのだが、最近少し理解できた気がするので、現時点での解釈を備忘録として綴っておきたい。

 

 

前置き

社会人であれ学生であれ、誰もが日々何らかのストレスに直面しながら生きている。ストレスに押しつぶされずに生きていくには、精神的なエネルギーが必要だ。

このエネルギーをどのように確保するか、という問題がある。答えは人によって様々である。電力の供給源が国によって様々であるのと同じように、精神的なエネルギーの確保のあり方は人によって様々で、その人の置かれた条件によって多種多様な答えが出てくる。

 

多くの人が頼っているエネルギー源として、対人関係(恋人、配偶者、友人、同僚など)や趣味(スポーツ、読書、一人旅など)、娯楽(映画鑑賞や音楽鑑賞など。趣味との区別は別の話として置いておく)などが挙げられる。

対人関係の割合が高い人もいれば、趣味の割合が高い人もいる。

 

本題

エネルギー源に占める対人関係の割合が高く、かつその中で恋人の占める割合が高い人を想定する。

恋人に構ってもらえないということは、恋人から十分にエネルギーを得られないということを意味する。その種の人にとって、これは死活問題である。エネルギーが足りなくなると日々のストレスに耐えることができなくなり、非常につらい思いをすることになる。

そうなると、恋人以外のエネルギー源を速やかに確保する必要がある。恋人以外との対人関係か、趣味や娯楽など対人関係以外の何かが候補になる。

だが、もともと恋人への依存度が高いということは、他のエネルギー源の規模が大きくないということだ。恋人の穴を埋めることは期待しにくい。特に、対人関係以外のもので穴を埋めるのは難しい。

 

そういう状況になると、新たな対人関係を大きなエネルギー源とする、という方法が有力な選択肢になる。

どんな対人関係でも構わないが、大きなエネルギーを得られ、かつそうなるまでに要する時間が短く済むことが求められる。異性を引きつける能力が高い人であれば、恋愛関係が最も適当な選択肢になるだろう。

 

そういうわけで、恋人に構ってもらえなくて寂しい(エネルギー不足)→他の人と恋愛関係を構築する(代替となるエネルギー源の確保)、という図式が完成する。

 

蛇足

個人的にはそもそもエネルギー源として対人関係に大きく依存するということに違和感があるのだが、それは私の興味関心が人間より物や場所や物語に向いているとか、それもあって対人関係を円滑に構築する能力が乏しいとか、そういう個人的な事情によるものなのだろう。人生いろいろである。