三本目の裏通り

見たもの、考えたことの覚え書き

繊細な美しさに圧倒されて―映画『リズと青い鳥』について・演出編―

映画『リズと青い鳥』を観て、登場人物やその関係性にも、また演出の素晴らしさにも圧倒された。とにかく繊細で美しい作品である。ここでは、ひとまず備忘録として、演出に関して感じたことや考えたことを書き留めておく。

※この記事は、8月5日に投稿した記事を大幅に加筆修正し、以下の記事と2本に分割したものです。物語の演出についてはこの記事で、解釈については以下の記事で記しています。どちらから読んでも、またはどちらかだけ読んでもかまいません。

みぞれと希美の変化を追いかけてー映画『リズと青い鳥』について・解釈編ー - 三本目の裏通り

 

 

目次

1.対照的なシーンが示す、違いと変化

この作品では、対照的な様子が対比されて描かれ、①同じ(ないし近い)時点でのみぞれと希美、転換点の前と後の様子が対になっている箇所がいくつもある。以下、①を「横の対比」、②を「縦の対比」として話を進める。

最も大きいのは、最初の登校シーンと最後の下校シーンだ。ここは横の対比でもあり、縦の対比でもある。

まず、登校シーンでの横の対比。胸を張って快調に歩く希美と、その後ろをややゆっくりと歩くみぞれ。途中で階段の上から見下ろして笑ったり、その場でくるりと回転したりと、表情にも動作にも動きがある希美と、希美の動きに表情をさほど変えずに対応し、表情にも動作にも動きが少ないみぞれ。二人の関係性、性格の違いが示されている。

次に縦の対比。下校のシーンでは、校門の前で待っているのがみぞれではなく希美になり、終始前後を歩いていたのが横に並ぶこともあるようになった。そして、みぞれの動きが大きく変わった。立ち止まって待っている希美を一度追い越したり、二度にわたってにっこりと笑ったり、思い切って「ハッピーアイスクリーム」と言ってみたりと、みぞれの表情や動き、会話の仕方にも(このシーンでの希美と変わらないくらいに)動きが生まれている。その前のシーンでみぞれが90度ターンするのも含め、二人の関係性の変化、特にみぞれの変化が示されている。

他にも、作中時間でいう最初の日に、パートの後輩からのお茶の誘いを断るみぞれと承諾する希美という横の対比があり、内向的なみぞれと外向的な希美の差が示されている。また、みぞれについては後日、同じような誘いを承諾している描写があり、縦の対比になっている。ここでは転換点に向けてのみぞれの変化が示されている。

 

2.3つの見せ場と、流れの美しさ

この作品の見せ場はどこかと問われれば、3つのシーンが思い浮かぶ。

1つ目は、みぞれが新山先生との、希美が夏紀と優子とのやり取りの中で、「リズ=みぞれ、青い鳥=希美ではなく、リズ=希美、青い鳥=みぞれなのだ」と気付くシーン。

2つ目は、その気づきの後に第3楽章(オーボエとフルートの掛け合いが重要な部分)を合奏し、吹っ切れたみぞれがそれまでと全く異なる演奏をするシーン。

3つ目は、みぞれの演奏に衝撃を受けた希美が音楽室からいなくなり、みぞれと理科室の水槽の前でやりとりをし、大好きのハグをするシーン。

この3つのシーンは連続していて、一体として一つの見せ場にもなっており、劇中の大きな転換点になっている。

そして、この見せ場までは前段で、すべてのシーンがそこに向かって流れていくように構成されている。いくつもの小川が合流して一本の大きな川になるように。

特に印象的な「小川」となるシーンを挙げれば、希美が新山先生に「音大を受けようと思う」と話すシーンと、みぞれがパートの後輩とどこかへ行く約束をするのを希美が見るシーンがある。前者は、みぞれと希美の新山先生からの評価(≒奏者としての力量、将来性)の違いが表れており、希美の心理が変化する転換点の一つになっている。後者は、みぞれの変化を表しており、また、ここも希美の心理が変化する転換点の一つになっている。

  

3.「脇役」たちの魅力と役割

主人公ふたりのほかのキャラクターも、それぞれ魅力的で、重要な役割を果たしていた。

橋本先生はここでもみぞれをよく見ていたし、みぞれの演奏が変わった時にははっきりと表情の変化を見せていた。これは、(私も含め)吹奏楽に詳しくない観客に対しても、みぞれの演奏の質的な変化を示すわかりやすいシグナルになっていた。

新山先生も大きな役割を果たした。彼女の行動には、みぞれに対する期待の大きさが感じられる。みぞれは演奏のキーであり、将来有望な奏者でもある。そう判断したから、みぞれに音大への進学を勧め、表現の仕方を気付かせるやりとりをしたのだろう。一方、希美に見せたのは、あくまでも一生徒に対する顔で、みぞれに見せた有望な奏者への顔と対照的になっている。

剣崎梨々花は、みぞれとの距離を縮めようと何度も働きかけ、それに成功している(プールに誘われたり、ダブルリードの会に参加してもらえたり)。彼女の行動によって、みぞれは希美以外にも関心を持つようになり、希美以外との人間関係を構築していく。

 高坂麗奈がみぞれに「希美との相性が悪いと思う」と直談判したシーンと、黄前久美子とともにみぞれと希美が担当するパートを演奏するシーン、変化したみぞれの演奏を素晴らしかったと言うシーンも、対照的なシーンの一つだ。感じたことを言葉でぶつけ、さらに演奏で示すということができるのは吹奏楽部を舞台にした作品ならではだ。

「脇役」たちそれぞれが二人に感じたことをぶつけて、そこから二人が変わっていく。最終的にみぞれは自分の感情や考えを希美に伝えることを覚えるし、希美もみぞれの感情を、そしてみぞれへの感情を認識し、それらを受け止めていく。そして二人それぞれが変わり、二人の関係性が変わっていく。

一つ一つのシーンが美しく、また情報が詰め込まれており、すべてが重なり合って、作品全体の流れができあがっていく。一つ一つの楽器の音色が重なり合って、美しい音楽が奏でられていくように。そんな繊細で美しい表現が素晴らしい作品だと、私は思う。